【学校法人 新宿学園 新宿調理師専門学校】コロナ禍でも変わらない「調理師の本質」とは

人材不足が深刻だった飲食業界は、コロナ禍で状況が一転した。しかし、どんな時代においても「食」が人々の心を満たすことは変わらない。

料理の道を志す若者たちは、今どこで学び、何をめざすべきなのだろうか―。

飲食業界を40年以上見つめてきた新宿調理師専門学校上神田梅雄校長にこれからの飲食業界で求められる人材と次世代を育成する教育のあり方について伺った。

調理師免許が料理をつくるわけじゃない。
大切なのは、人が喜ぶ料理をつくることなのです。

調理師免許を取ることがゴールになっている誤解

「調理師免許が料理をつくるわけじゃない。大切なのは、人が喜ぶ料理をつくることなのです」

そう語るのは、新宿調理師専門学校の上神田梅雄校長だ。1975年に同校を卒業後、日本料理店、一流ホテルなどで料理長を務めた経験を持つ上神田校長は、調理師育成に独自のこだわりがある。

まず大前提となるのが、専門学校に通うゴールが調理師免許取得になってはいけないということ。

多くの人が知っている通り、調理師免許は専門学校に通わなくても取得できる。国家資格で、身分の保証がされないのは調理師免許くらいだというのが上神田校長の持論だ。

これは、免許取得は、調理師のスタートラインなのだという学生たちへのメッセージでもある。

「調理師とひと口に言ってもラーメン店、喫茶店から料亭、ホテルまで就職先は実にさまざまです。その職種は、50ではきかないでしょう。

調理師としての本当の修業は、ご縁をいただいた職場から始まります。現場でかわいがってもらえる若者を送り出すのが専門学校の役割だと私は考えています」

調理師の世界では、就職後すぐに辞めてしまう若者も多い。離職率の高さは、業界の課題でもある。

上神田校長によれば、それはまさに調理師免許を取って満足してしまったことに起因するのではないかということだ。

その点、新宿調理師専門学校で基本となる素養を身につけて、「自分のつくった料理で誰かを喜ばせたい」と新たな学びの場へ旅立って行った卒業生たちは、しっかり職場に定着しているという。

では、現場で求められる基本の素養とはどのようなものなのだろうか。

新人にとって大切なのは、返事、あいさつ、後片づけ

「専門学校に1〜2年通っただけで、一流の料理人になることはできません。大切なのは、返事、あいさつ、後片づけ。この3つです。逆にこの3つがしっかり板についていれば、どこでもかわいがられます。

目をかけてもらえるということは、つまり成長のチャンスがあるということです。そういう学生をこの10年来、現場に送り出してきたことで新宿調理師専門学校は、就職先から評価されていると自負しています」

上神田校長の教えを素直に実践し、現場で成果を上げている卒業生の頑張りは、新宿調理師専門学校に寄せられる求人の数に反映されている。

同校に寄せられる求人の倍率は、10年前に15倍程度だったのが、ここ数年は50倍まで増えた。つまり、1人の卒業生に対して、50社の求人がある計算になる。

2020年度は、新型コロナウイルスの影響を受けたものの求人倍率17倍を維持し、卒業生たちも堅実に就職を決めていったという。

「新型コロナウイルスの影響で、状況は流動的ではありますが、求められる人材像は変わりません。

結局、調理師の世界は、理屈よりあいさつなのです。一流の講師から理論を学びましたと言っても、鍋も磨けない、庖丁も研げないでは、現場で使いものにならないわけです。

アカデミックより職人仕事―。

頭でっかちになるよりもまずは元気なあいさつ、そして、手が空いたら後片づけ手元の仕事をどんどん終わらせて、次は何をやりましょう? という姿勢を見せる若手を先輩がかわいがるのは、いつの時代も変わりませんよね。意外とこういうことを教えてくれる場所が今はないんです」

 

和・洋・中の基本を学んで自分の道を選ぶのが理想的

新宿調理師専門学校では、和食・西洋・中国料理の調理実習をまんべんなく経験することができる。

専門学校に通い、多様なジャンルの調理に触れる意義とは、どのようなものなのだろうか?

調理師専修科の2年制では、1年次に和・洋・中の基本的な調理の技術を身につけ、2年次にさらに踏み込んだ実習で和・洋・中それぞれの専門的な調理技法をマスターしていきます。

同時にカクテル、製菓、すしなどの技術にも触れてもらいます。

先ほども言いましたが、調理師が関わる職業は50種以上あります。私は和食、私はパン、私は中国料理……と自分が一生懸命になれる場所を探す期間になれば、専門学校で学ぶ1年、あるいは2年間は非常に有意義なものになるでしょう」

 

その人の庖丁を見れば料理人としての技量がわかる

「返事、あいさつ、後片づけという新人調理師の心得があるように、調理技術の基本というものもあります。それは、庖丁が使えるかどうか

どのジャンルの飲食店で働いても若手の修業は、仕込みで野菜を切ることから始まります。ここで先輩社員から『専門学校で2年間何をやってきたんだ、金の無駄だったな……』なんて言われないように新宿調理師専門学校では、庖丁の使い方を少人数制の実習で徹底的に指導しています」

上神田校長曰く、庖丁の使い方は、「材料をまな板の上で切る」「材料を手で持って切る」の2種類しかなく、実にシンプルだという。

時に指先を切りながら、身体で覚えることで、将来的にも絶対に忘れない技術が身につくのだという。

「私は実習で学生が手を切ると『おめでとう』と言うことがあります。ケガでパフォーマンスが落ち、歯がゆい思いをすることから多くを学べるからです。

庖丁の技術は、数をこなせば必ず上達します。新人として職場に入ってきたとき、『庖丁を使えるな』というのは料理長なら一瞬でわかります。

まず、キャベツの千切りを1時間やらせてみて、できたら次はこれをやってみろ……と正しい階段の登り方ができるわけです」

もちろん和・洋・中で庖丁の使い方は細かく異なる。しかし、庖丁が相棒として手になじんでいれば、どのジャンルにも応用はきくのだろう。

取材中、庖丁にまつわるエピソードとして、上神田校長はこんな話をしてくれた。それは、腕のいい調理師を採用するなら立派な履歴書より庖丁を見た方がいいというもの。

しっかり磨き上げられているか、刃こぼれがないか…… 一流の料理人は、庖丁を見れば、その人の技量がわかるという。

庖丁はごまかせない。料理人にとって、庖丁はそれほど重要な道具なのだ。

「超一流と呼ばれる料理人はみんなきれい好きです。調理場にホコリひとつ落ちていないのは当たり前で、扱う道具もすべてピカピカに磨き上げられています。

細かいことをおろそかにしないということですよね。そういう意味では、道具や食材を大切に扱うことも調理師の資質のひとつかもしれません」

新宿調理師専門学校では、そんな上神田校長の考えを反映した実技試験をAO入試で受験生に課している。それは「豆腐のさいの目切り」だ。

ここで見ているのは、技術的に正確に切れるかではなく、手のひらの上に置いた豆腐を丁寧に扱うことができるかどうか。

指先に神経を集中して、豆腐を大切に扱える学生こそ、調理師の素質があるのだという。

コロナ禍でも予定通り「調理農業体験実習」を実施

新宿調理師専門学校では、心豊かな調理師を養成するため、農業体験にも力を入れている。それが、年間12回の授業で行う大地から学ぶ「農と食と命の繋がり授業」だ。

埼玉県にある日本ユネスコ未来遺産「見沼たんぼ」に位置する「ファームインさぎ山」の協力を得て、田んぼで田おこしから苗植え、稲刈りまですべての工程を学生全員が経験する。

現地では薪を使って火を起こし、米を炊いたり、収穫した野菜で調理をし、食事する。更に粘土を使って竈まで手作りする。

自然と向き合うことで、学生たちの顔つきも変わっていくという。

「田畑で土をいじり、泥だらけになりながら、米や野菜を収穫することで、私たちが日々の食事をするなかで素材の命をいただいていることを実感できます。

この実習は、コロナ禍の2020年度も予定通り実施しました。密を避けられることもあり、この実習の価値がこれまで以上に高まったと思います」

コロナ禍において、2020年度は新宿調理師専門学校も特別な対応を迫られた。

座学は、オンライン授業とレポートを併用して対応。調理実習は登校人数を制限して分散して行った。

限られた時間をしっかり使うという観点では、この非常事態も学びの工夫に役立ったという。

 

一人前にしてくれる師匠を探すことが調理師の就職

ワクチン接種の目処が立ち、アフターコロナの世界も見えつつある。

しかし、飲食業界の未来はまだまだ不透明な点も多いが、「食」が人の心を豊かにしてくれるという本質は、どんな時代になっても変わらない。

最後に上神田校長から調理師を目指す高校生へのメッセージをもらった。

「私たちの使命は、保護者の皆さんから預かった大切な学生一人ひとりを信頼のおける料理長の手に渡すことです。料理人として36年間、現場を経験してきた私には信頼できる職場、信頼できる料理長はすぐにわかります。

調理師にとって就職活動とは会社を探すことではなく、一人前にしてくれる師匠を探すことです。そのため、私たちは学生を一人前に育ててくれる温かい気持ちのある就職先と丁寧に関係を築いてきました。

コロナ禍の今こそ、私たちが構築してきた『手から手へ』のネットワークが活かされるのではないかと考えています。

自分のつくった料理で誰かを幸せにしたいと本気で思える人との出会いを楽しみにしています」

AO入試で「豆腐のさいの目切り」を課題にする理由とは?
新宿調理師専門学校では、AO入試の実技試験で、「豆腐のさいの目切り」を課している。その選考理由のルーツは、なんと江戸時代にさかのぼる。

江戸時代、町人の娘が旗本の家に行って花嫁修養に出されるときに、その資質を試すのに用いられたのが、「豆腐のさいの目切り」だった。

豆腐は丁寧に扱わなければ、すぐに形が崩れてしまう。つまり、物を大切に扱えない娘は働かせられないというメッセージでもあったのだ。

新宿調理師専門学校の実技試験も同様で、1ミリのズレもなく豆腐を切ることを求めているわけではない。指先に神経を集中させて、手のひらの豆腐を大切に扱えるか庖丁を落ち着いて扱えるか……そういうところを見ているのだ。

上神田校長曰く「道具や食材を本当に大切に扱うことができる人じゃないと心までほっとするような料理はできないんです」。新宿調理師専門学校が求める学生像もここから見えてくる。

上神田校長によるメッセージ・豆腐のさいの目切りの実演を収めた動画はコチラから。

上神田梅雄 校長
1953年、岩手県生まれ。高校卒業後、1973年に上京し、新宿調理師専門学校・夜間部に入学。「学僕生」として学び、1975年卒業。同年、和の料理人、故・西宮利晃氏に師事し、12年間・11店舗の厨房で修業を積む。1987年、銀座「会席料理・阿伽免」にて料理長となり、その後25年間で5企業の総料理長として腕を振るう。2011年、新宿調理師専門学校の校長に就任、現在に至る。
編集後記
上神田先生が常にお話されるのは、職場で先輩たちに戦力として重宝され、可愛がられるために必要なことをしっかり伝えたい、ということ。「返事・元気な挨拶・後片付け」の大切さを理解することが1人前への第一歩なのだろう。
新宿調理師専門学校
調理師専修科 2年制
調理師本科昼間部 1年制
調理師本科夜間部 2年制
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