【桑沢デザイン研究所】この世界に新たな「意味」を与えられるデザイナーを育てたい

桑沢デザイン研究所

『基礎造形』と『卒業制作ゼミ』に宿る、オンリーワンの教育

2020年4月、桑沢デザイン研究所の第11代所長に、タイポグラフィの巨匠として知られる工藤強勝氏が選ばれた。デザイン業界の第一線で活躍しながら、武蔵野美術大学、首都大学東京(※)などで教員を務めてきた新所長は、デザイン系専門学校をリードする同校をどこへ導くのか? 工藤所長が描く次世代のデザイナー像に迫った。

モノを見るときにその造形の意味を考える

「アフォーダンス」という言葉をご存じだろうか? これは英語の「afford(提供する)」を語源とする認知心理学の用語で、環境が人やモノに対して与える〝意味〟のことを指す。デザインの世界では、プロダクトの形状や色、材質などによって、その使い方を人に理解させることを「アフォーダンス理論」として学ぶという。

「例えば、ドアの取っ手を見れば、人はこれを引くものだと理解します。同様にイスの形やエレべータのボタンの形にも人に訴える意味があります。これをアフォーダンスといいますが、私はモノを見るとき、なぜこういうデザインなのか、どのような歴史的背景があるのか、どうしてこのデザインが必要なのか……そういうことを徹底的に考えます。それがデザイナーの本質的な仕事だと思うのです」

そう語るのは、2020年4月に、桑沢デザイン研究所の所長に就任した工藤強勝氏だ。

デザイン系の私立大学、国公立大学で教員を経験

工藤所長は、桑沢デザイン研究所を卒業後、デザイン業界の第一線で40年以上活躍してきた。さらに、武蔵野美術大学での講師、首都大学東京(※)では専任教授としてシステムデザイン学部・インダストリアルアート学科の立ち上げに携わり、所長として母校に戻ってきた異例の経歴を持つ。

「私は卒業後ずっと桑沢デザイン研究所の教育に携わってきたわけではありません。桑沢ブランドの教育は、歴代所長をはじめ、著名な先生方によって形づくられてきました。ただ、一方で私はデザイン系の私立大学、国公立大学の教育現場を経験してきました。学生の指導をして思ったのは、基礎造形から卒業制作ゼミに至る桑沢の3年間は、大学の学部4年間にまったく劣らないということです。もちろん専門学校と大学では一般教養科目の多様性などに差はあります。しかし、デザインの本質を学ぶ課程の密度では、桑沢が上回る可能性もあると思っています」

工藤所長が考える桑沢デザイン研究所の学びの本質とは何か—。それは、初年次に履修する「基礎造形」に行き着くという。

「基礎造形」とは、その名の通り、デザイン表現の基礎力を身につける科目だ。平面構成、立体構成、デッサン、彫塑などを通して、目で、耳で、肌で感じながら、五感を使ってものづくりを経験する。

「例えば、木片を削り磨き続けるハンドスカルプチャーという授業があります。ここで素材をアレンジしたときに得られる手の皮膚感覚は、何十年経っても残るものです。私も『基礎造形』で学んだ経験が、仕事はもちろん、大学で教育をする際にも大いに役立ちました。木を削る訓練が何の役に立つのか?と疑問を感じる人もいるでしょう。しかし、パソコンを使ったシミュレーションやバーチャル空間での創作をする際にも、木の匂いや感触を知っている人と知らない人では、でき上がるものに大きな違いが出ます。細部に神を宿すようなクリエイティブは、五感でインスピレーションを感じながら造形をした経験があってこそ成立するものなのです」

一流のデザイナーに必要な7つの要素

工藤所長は、デザインをする際、その成果物の意味を考える。同時に、自分にとってこのデザインはどういう存在なのかを考える。工藤所長が考えるデザインとは、まだこの世界にないものを形にすること。それはデザインによって、この世界に新しい意味を与える行為だと言ってもいいのかもしれない。そんな工藤所長が考える次世代のデザイナー像とはいったいどのようなものなのだろうか?

「これからの時代、指示通りのものを形にするだけのデザイナーは、価値を失うかもしれません。もはやそれでは、人と違うものは生み出せないのです。これからは、制作プロジェクトの冒頭から参加し、その作品や空間の全体像を認識して、まったく新しい世界をゼロからつくり上げる—。そんなデザイナーを目指してほしいのです」

工藤所長は、デザインの現場で40年以上活動するなかで、巨匠と呼ばれるようなデザイナーやアーティストと深く知り合い、一緒に
仕事をしてきた。その経験をベースに、「デザイナーとして活動するために必要な7つの要素」を自身の理念としてまとめている。それは、以下のようなものだ。

  1.  モチベーション(動機)
  2.  コンセントレーション(集中)
  3.  リアライゼーション(自覚・認識)
  4.  プレゼンテーション(発表・説明・提示)
  5.  ディレクション(監督・指導・方針)
  6.  マネージメント(管理・経営・運営)
  7.  プロデュース(生産・演出)

デザイン業界のトップランナーたちは、この7項目をほぼ兼ね備えているという。

「私自身、これらを先輩の背中を見て学びました。①から③の要素は、クリエイティブを志す高校生ならきっとすでに持ち合わせているものでしょう。その上で④〜⑦は後天的に身につけていくものです。『基礎造形』で集中力や認識力を高め、『卒業制作』を通して、プレゼンやマネジメントの力を鍛えていく。ここに挙げた7つの要素をすべて刺激するような学びが、桑沢デザイン研究所の実践教育の中にあると思っています」

桑沢の教員たちの作品を広い世界に発表したい

大学教育に携わってきた工藤所長は、母校に戻ってあることに気づいた。それは、ここが「研究所」であることだ。桑沢デザイン研究所では、デザイン業界の第一線で活躍するスペシャリストが多数在籍し、日々、先進的な創作活動が行われている。それを見た工藤所長は、フォーラムやカンファレンスという形で、各教員の研究成果を実験的に外部に発信していく活動も始めたいと考えている。

「デジタルツールが進化し、誰もがデザインをしやすくなった代わりに、個性がなくなっている時代の流れを感じます。デザインは目に見えない『無』から形や色、素材、空間などを生成させて、命を吹き込む魅力的な仕事です。デザインの根幹は、既成概念にとらわれないこと。桑沢のDNAをもっと多種多様な人々に受け継いでもらえるように、積極的に情報発信をしていきたいと思っています」

専門学校 桑沢デザイン研究所
工藤 強勝 所長
1973年、桑沢デザイン研究所卒業。1976年、デザイン実験室設立。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科講師を経て、2006年より首都大学東京(※)システムデザイン学部・大学院教授、〜2014年客員教授。著書に『編集デザインの教科書』(日経BP社)、『デザイン解体新書』(ボーンデジタル)、『文字組デザイン講座』(誠文堂新光社)など。

※現:東京都立大学