入れ歯や被せ物、インプラント（人工歯根）に被せる人工歯、矯正装置などをつくるのが、国家資格である「歯科技工士」の主な仕事だ。手作業が多いことから過酷なイメージのあったこの業界。しかし、近年はデジタル革命によって効率化が進められているという。歯科技工士の最新事情について、東邦歯科医療専門学校の酒井敬司先生と山田千恵先生に話を聞いた。
技術を通じて患者さんの生活を支えることがやりがいに
デジタル技術で現場は効率化 重要な手作業に集中できるように
―歯科技工士を取り巻く業界の現状について教えてください。
酒井 近年の歯科技工の世界では、長年続いた手作業の歴史に大きな変革が起こっています。以前は入れ歯や被せ物をすべて手作業でつくっていましたが、現在はデジタル技術を活用した作業がメインになりました。
具体的には、口の中を直接カメラで撮影し、そのデータに基づいてコンピュータ上で入れ歯や差し歯を設計。造形に関してもデジタルの加工機を用いることが主流になっています。また、コンピュータ上でデザインしたレジン素材のブロックを削ってつくる「CAD／CAM（キャドカム）冠」も、保険の適用範囲が拡大したことでニーズが高まっています。
山田 デジタル化によって削減できた時間を別の作業に充てられるため、昔と比較して現場の負担感は格段に減少しています。しかし、どれだけデジタル化が進んだとしても、人間の仕事がなくなることはありません。特に、患者さんや歯科医師とのコミュニケーションを通じて微細な調整を行う最後の仕上げに関しては、引き続き歯科技工士が手作業で担当しています。
―歯科技工士という国家資格の持つ魅力についてお聞かせください。
酒井 歯科技工士は国家資格の中でも、特に専門性の高い「業務独占資格」に位置付けられています。被せ物や詰め物をつくる業務は、歯科医師と歯科技工士にしか認められていません。他に替えがきかないということは、それだけ需要の安定している仕事であるといえます。
山田 歯科技工士について、単に〝ものづくり〟の仕事だと思っている人も多いかもしれません。しかし、永久歯は一度失ってしまうと2度と生えてこない大切な身体の一部です。それを修復することで、患者さんは再び快適に食事や会話を楽しむことができるようになります。このように、技術を通じて人々の生活をサポートできる点が、歯科技工士という仕事の大きな魅力だと感じています。
―歯科技工士になるために、専門学校ではどのように学びを深めていくのでしょうか？
酒井 東邦歯科医療専門学校の場合、1年次には人体の仕組みを学ぶ解剖学や歯科技工で扱う材料を学ぶ理工学など、歯科医療に関わるうえで基礎となる分野の学習に取り組みます。それと並行し、実習では機器の使い方や入れ歯・銀歯などの製作工程を学びます。2年次には、コンピュータを使って技工物の形や色を設計するデジタル技工の実習などにくわえ、徐々に難易度の高い被せ物や詰め物の製作にも挑戦します。
山田 2年次の後期には、少人数の習熟度別クラスに分かれ、国家試験に向けて本格的に対策をスタートします。これまで学んできた内容を復習し、過去問にも重点的に取り組みます。特に正答率の低い分野に関しては、教員が徹底的に解説。これによって、本校では10年連続で国家試験合格率100％を達成しています。
それぞれの人生設計に応じて働き方を選択できる職業
―卒業後に想定される進路について、お聞かせください。
酒井 国家試験合格後の進路としては、歯科技工所や歯科医院に就職する学生が大半です。歯科技工室が備え付けられた総合病院で勤務することもあります。また、歯科材料メーカーや歯科機器メーカーといった一般企業で働く人もいます。
山田 その先のキャリアとしては、技工所で着実に昇進を重ねることもできますし、経験を積んで独立する道もあります。たくさん働きたい人も、ワークライフバランスを大切にしたい人も、自分の人生設計に応じてキャリアを形成できる仕事ですね。
―専門学校を選ぶ際のポイントを教えてください。
酒井 まず、最新の設備が整っているかどうかは重要な学校選びのポイントになると思います。幅広い機器に触れられるチャンスが多ければ多いほど、社会に出た時に活躍できる可能性も広がります。
また、矯正や入れ歯、審美など、技工所や病院ごとに得意な分野が存在します。就職後のミスマッチを防ぐためにも、業界とのつながりや卒業生の離職率をチェックしておいてください。
山田 自分に合ったカリキュラムの学校を選ぶことも重要です。学校によって、講義や実習の時間は異なっています。国家試験合格のために最低限の勉強をして残った時間を有効に使うのか、将来に向けて幅広い授業を履修し付加価値を身につけるのか。学生生活の優先順位を定めて学校を選ぶことがポイントです。
―最後に歯科技工士を目指す高校生と保護者にメッセージを。
酒井 歯科技工士は、デジタル機器の操作が得意な人、〝ものづくり〟に熱中できる人に向いている仕事だと思います。
また、もちろんひとりで黙々と作業する〝職人〟の側面もありますが、一方でより良い仕事をするためには患者さんや医師とのコミュニケーション能力も求められます。そのため、高校生活をしっかりと楽しんで多くの人々と接する機会をつくっておいてほしいと思います。
山田 歯科技工士を目指す場合、誰もが専門学校に入ったところから横並びでのスタートになります。つまり、それまでに挫折した経験があったとしても、2年間の努力次第で安定した仕事に就けるということです。歯科医療で社会に貢献したい、誰かを助けたいという気持ちがある人は、ぜひ興味を持って学校見学などに参加していただければうれしいです。
歯科技工士分野のポイント
1 最新の設備が整っているか
歯科技工分野では急速にデジタル化が進んでいます。最新設備について座学で学ぶだけでなく、実際に触れられる学校を選択することで差をつけましょう。
2 卒業後の進路や離職率をチェック
就職後のミスマッチを防ぐため、卒業生の活躍について確認しましょう。自分がどのような歯科技工士になりたいのかイメージしておくことも重要です。
3 カリキュラムが自分に合っているか
授業や実習の時間は学校によって異なります。国家試験の合格を優先するのか、幅広い知識の修得を目指すのか。理想に応じて学校を選択しましょう。
この質問に答えてくれた人
東邦歯科医療専門学校
歯科技工士学科1学年担当山田千恵先生
東北歯科技工士専門学校卒業。都内の歯科技工所、地元岩手県の歯科医院に勤務後、入職。歯科技工士学科有床義歯技工学講義実習などを担当。
東邦歯科医療専門学校
歯科技工士学科教務主任酒井敬司先生
東邦歯科医療専門学校専攻科卒業。都内技工所にて臨床を経験後、入職。歯科技工士学科歯の解剖講義実習、歯科衛生士学科歯牙解剖講義などを担当。